2010年の大河ドラマは、三菱財閥の創始者「岩崎弥太郎」の視線を通して描かれた「龍馬伝」でした。主演は長崎出身の福山雅治。「龍馬伝」を楽しめる情報を発信するブログです!

2010年10月08日

「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会

 お龍の墓がある信楽寺(しんぎょうじ、京浜急行 京急大津駅徒歩5分)で毎年営まれている第22回 坂本龍馬の妻龍子墓前祭が10月9日に実施されます。
 今年は「龍馬伝」による盛り上がりをうけ、1日から10日まで「おりょうさんまつり」としてパネル展やウォーキング、特別講演も開かれています。

 10月2日に鈴木かほるさん(横須賀市在住、中世史家、三浦一族研究会)の特別講演「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾そしてお龍」に行きました。

 昨年5月に在京長崎応援団塾が発足。メンバーの多くが長崎に寄せる熱い思いで高尚なテーマで活動するのをみて、とにかく何かやらねばということで「龍馬伝」のおっかけ”龍馬伝と長崎を盛り上げよう”を始めました。

 まず手始めに読んだ著書のひとつが鈴木かほるさんの「史料が語る 坂本龍馬の妻 お龍」でした。
「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会






 鈴木かほるさんがこの本を書かれた動機は、2006年にお龍の没後100年を迎え地元横須賀・大津のイベントにあわせ多くの資料を収集されたそうです。その過程でお龍(楢崎龍)については俗説や誤謬が氾濫し、酒豪などマイナスイメージが強調されすぎているのを真実に近い姿を知らせたいとの思いからだそうです。

 講演の内容は、上記著書の内容に沿ったものでした。
 ・龍馬に好意を寄せた女性は多い。そのなかで加尾・佐那・お龍については、龍馬の手紙からも龍馬が愛した女性であったことが分かる。  いずれも侠女といわれる女性だった。

 ・通説では生涯独身だった佐那に結婚歴ありとの報道(2010年7月)に関しては、未調査だとのことだった。

 ・30歳頃のお龍の写真。2008年5月の科学警察研究所の鑑定結果、「別人と判定するに足る形態学的相違点は認められない」に関しては、まだ「伝 お龍」の写真とすべきとの見解だった。

 ・西村松兵衛と再婚していたにも拘わらず、お龍の墓碑に「龍馬之妻」と刻まれ、且つ施主がお龍の実妹光枝だったいきさつを詳しく話された。



「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会
 










 龍馬伝32回狙われた龍馬(8月8日放送)で、寺田屋のお登勢がお龍に「坂本さんは、ひとりのオナゴを幸せにするために生まれてきやはったんじゃない。坂本さんが幸せにしたいのは世の中すべてのひとや」のシーンがありました。
 龍馬には初恋のひとといわれる平井加尾、婚約したといわれる千葉佐那そして妻となったお龍。龍馬と出会って幸せだったかどうか・・・・・・・・

 8月8日放送では、こんなシーンもありました!
佐那の兄千葉重太郎が「佐那のもとに戻ってきてくれ。君も佐那のことを好きだといったじゃないか!」に対し龍馬は「尊敬しちょりますといったんです」とは・・・・・・
 龍馬の気持ちは既に佐那からお龍へいってたんですね 



 京急大津駅周辺は盛り上がってました!
 2010年10月8日付 朝日新聞朝刊
「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会





























よこすか龍馬会による「月琴の演奏と語り」。 龍馬やお龍の衣装の方もいっぱい歩いてました!
「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」の講演会


Posted by 在京長崎応援団塾 at 13:06│Comments(5)
この記事へのコメント
おりょうさんもびっくりの横須賀フィーバー。でも、こういうことでまた、歴史が面白くなるのでね、いいことですな。
Posted by 根保孝栄・石塚邦男 at 2011年01月13日 03:37
龍馬はモダニズム男。因習に囚われず新しい時代の新しい価値観を見事に吸収してゆく才能はたいしたもの。
先達の意見を尋ね、新しい知識に臆せずなじんでいく吸収力は、天性のものだった。
Posted by 根保孝栄・石塚邦男 at 2011年02月26日 19:18
坂本龍馬を取り巻く女性たちは、皆個性的で時代の先端をゆく人たちだったのですね。
Posted by 根保孝栄石塚邦男 at 2011年07月16日 19:00
龍馬が海舟の人脈をフルに活用できたのは、彼の大らかな人柄によるだろう。西郷も長崎の小曽根家にしても、松平慶永にしても、龍馬の人怖じしない性格に「面白い奴」と心を開いたのである。
Posted by 根保孝栄・石塚邦男 at 2012年01月16日 12:18
幕末の激動の時代に、政権交代が比較的スムーズに行われたのは、時代認識では一致していたものがあったのでしょうね。日本を二分した戦いの割には犠牲者が少なっかったのは、時代認識でしょうね。
        
                 根 保 孝 栄
Posted by 根保孝栄・石塚邦男 at 2012年01月24日 03:10
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